伝統は進化する。いや、進化しなければならない。

ときに「伝統は死守されなければならない」と人は言う。だがときに、「伝統とは破壊され、革新されるために存在する」との言説も聞く。100年前とは大きく変わったようにも見える現代のベントレーにあるものとは「変節」なのか、それとも「進化」か? LEON前編集長で現在はオクタン日本版ほか複数のメディアでクリエイティブディレクターとして活動する前田陽一郎氏が考察する。

「伝統」という言葉を聞いたとき、まず脳裏に浮かぶもの。



それはたとえば、「譜面というものが存在しない歌舞音曲」「設計図のない工芸品」などをかたくなに作り続け、その“製造方法”を、厳しい徒弟制度や一子相伝的なスタンスにもとづきながら数十年、いや数百年にわたって不変なまま、守り抜いている人たちの姿――だろうか。

そういった「伝統」に触れたとき、レディメイドなプロダクトやカルチャーが幅を利かす現代社会に生きるわたしたちの心は、否応なしに震えてしまうものだ。

だがそれと同様に、いやもしかしたらそれ以上に心が震える瞬間とは、伝統なるものがテクノロジーや社会の変化に応じて柔軟に、大きく進化しながらも、その奥底にある“本質”はまったく変わっていないことを発見したとき――なのかもしれない。

「ベントレーのクルマにはそれ、つまり『進化する伝統』とでも呼ぶべきスピリットが内在している。だからこそ、わたしたちは他の何かではなく『ベントレー』に、心を動かされるのでしょう」

そう語るのは高級ライフスタイル誌『LEON』の前編集長、前田陽一郎氏だ。

前田陽一郎氏。1969年生まれ。法政大学在学中からファッション誌のライターとして活躍し、卒業後、大手内装建築・デザイン会社を経て出版社に。2005年から『LEON』に副編集長として参画し、2011年10月に編集長就任。現在は株式会社SHIROクリエイティブディレクター。

「たとえば今日わたしが着ているニール・バレットのスーツでも、同じことがいえます」

ニール・バレットとは、英国南部のデヴォンで3代にわたってテーラー業を営んでいた家庭に生まれたファッションクリエイターである。

「ニール・バレットはテーラー家系の出身で、なおかつ著名デザイナーを数多く輩出しているロンドン芸術大学のセントラル・セント・マーチンズで、メンズファッションデザインの学位を取得しています。そのため、伝統的なスーチングについては『熟知している』という言葉では言い表せないほど熟知している人物のひとりです。

しかしそんな彼が20年近く前に、あるイタリアブランドのデザイナーを務めていた時に作り出したと言っても過言ではないのが、ウールではなく、伸縮するナイロンを使ったスーツでした。「天然ウール素材が当たり前、化学繊維に価値はない」とまで考えられていた時代に、そのスーツは、それまでのスーツにはなかったカジュアル感と、快適性、副次的にはメンテナンスフリーさえもたらしました。

また本日のコートも――英国製ではなくイタリアのヘルノ(HERNO)というブランドのものですが―デザインはベーシックなフード付きのコートなのに、ファブリック・テクノロジーのベンチマークであるゴアテックス素材を使うことでそこはかとないモード感に加えて、実用的な『全天候型』を実現しています」

ゴアテックスのコートとナイロンのスーツに合わせるのは、AMI(アミ)のレザースニーカー。「ひと昔前はスーツにスニーカーを合わせるなんて、とても難しかったものです。でも素材がカジュアルになったことで、こんなコーディネートも簡単になりました」と前田氏は言う。

もしも伝統というものの「形」だけにこだわるとしたら、ナイロンのスーツやゴアテックスのコート、あるいはそこに合わせたスニーカーには眉をひそめる人も出てくることだろう。

「しかし『装いとは何か?そして、装いにおいて本当の意味で重要なものとは?』ということを真摯に、根源的に思考してみたとき、現代の装いにおいては『機能的であること』『(カジュアルというよりも)スポーティであること』が、年々重要視されてきていることがわかります。そのためニール・バレットやヘルノは、トラディショナルであることを犠牲にしないまま『スポーティで機能的でもあること』に挑戦し、そして成功したのだと思います」

それとほぼ同じスピリットあるいはディテールが、ベントレー コンチネンタル GT V8からは見て取れると、前田氏は言う。

ベントレー コンチネンタル GT V8。グランドツアラーの精神を比類なき次元で体現する、スピードと贅を極めた至極のクーペ。2020年8月にV8エンジン搭載モデルが追加された。

ベントレーの伝統を体現するのびやかな優美さを保ちつつ、深みと鋭さが増し、目を奪われるようなフォルムに仕上がっている。

最高品質のレザー、そして環境に配慮して採取された希少なウッドパネルなどの天然素材が、ハンドクラフトされた極上のキャビンに溶け込んでいる。

「もしも表層的に見るならば、ベントレー コンチネンタル GT V8の内外装の意匠は『モード』であると言えるでしょう。非常に現代的です。しかし現代的なモードというのは、洒脱であると同時に旬が短いものでもあります。残念ながら陳腐化しやすく、どこか浮ついた印象も人に与えてしまうんですね。

しかしコンチネンタル GT V8のデザインは『モードのためのモード』ではなく、ベントレーの伝統的なディテールと、『そもそもベントレーとは何なのか?』ということを突き詰め、そのうえで本質的な部分を、最新の技術を使ってアップデートした――ものであるように、わたしには見えます。だからこそ、クローム系のパーツをインテリアに使用しても “低俗”にならないのです。要するに本物である――ということなのでしょう」

ナビゲーションシステム背面から現れる3連メーターと、エアコン吹き出し口を開閉させる1950年代から踏襲されているツマミなどの「伝統」と、最新の「モード」とが見事な調和を見せている。

ベントレー コンチネンタル GT V8のステアリングを握りながら、「もちろん僕はクルマの専門家やジャーナリストではないため、このクルマのメカニズムの素晴らしさを詳細に語るだけの知識や、ドライビングにまつわる全性能を解き放つだけのテクニックも持ち合わせてはいません。が、コンチネンタルGT V8を客観的に編集し直してその魅力を伝えるとすると、やはり伝統と革新の結果得られたモードな香りが軸になるでしょうね」と言う前田陽一郎氏。

メンズファッションの世界における「本物中の本物」だけに触れ続けてきた氏の目は、ベントレーというクルマの鋼板やウッドパーツの「向こう側にあるもの」を、見通しているようだ。

文=谷山 雪/撮影=阿部昌也