コンチネンタル ストーリー

コンチネンタル ストーリー

17〜18世紀に、英国貴族の若い男女が刺激的な発見を求め、ヨーロッパを巡るグランドツアーに出かけるという伝統がありました。この伝統が200年後に、真に爽快なドライビング体験と快適さを組み合わせ、軽々と長距離運転をこなすクルマを指す「グランドツアラー」という言葉へとつながっていきました。あらゆる旅を本当に思い出深いものにできるようになったのです。

このパフォーマンスとラグジュアリーの組み合わせこそが、ベントレーの定義そのものです。そのため100年以上もの長きにわたり、ベントレーがグランドツーリングの世界をリードしてきたのは当然のことでした。オリジナルの3リッターから現行モデルのコンチネンタルGTまで何世代にもわたり、各時代におけるグランドツアーを可能にしてきたクルマを作り続け、今後も何世代にもわたりこの伝統を継続していきます。

最初のベントレーのグランドツアラー

ベントレー モーターズ設立年の1919年にW.O.自身が設計し、1921年に発売されたのが3リッターでした。車名にメートル法の排気量を用いることは、すなわち大陸の公道を高速で移動できるクルマを製造するという野心のあらわれでした。クロスフロー シリンダーヘッドやツインスパークプラグ、ツインキャブレターなど、当時の革新的な技術を盛り込んだこのモデルの驚異的なパフォーマンスは、1924年のル・マン24時間レースで、ジョン・ダフとフランク・クレメントが優勝したこと、そして1927年のル・マンでもドクター・“ベンジー”・ベンジャフィールドとサミー・デイビスが優勝したことで証明されました。3リッターは、『オートカー』誌から「通常の走行と公道での並外れたスピードの可能性」を組み合わせたとして絶賛されました。ベントレーのグランドツーリングの伝統は、こうしてスタイリッシュに始まったのです。

圧倒的なパワー

1926年に発売された6気筒エンジン搭載の6 1/2リッター モデルは、一部のお客様が熱望していた、より重いサルーンボディを架装することを前提としていました。しかし、パフォーマンスを新たなレベルに引き上げたのは、容易にパワーを発揮することができる、200 馬力の出力を誇る洗練されたスピードシックスでした。このモデルを駆ったウルフ・バーナートとサー・ティム・バーキンが1929年のル・マンで優勝。さらに1930年のル・マンでは、バーナートとグレン・キッドストンが優勝し、フランク・クレメントとディック・ワトニーが2位というワンツーフィニッシュを飾りました。この時代の車両には、W.O.ベントレーがラジエーターを飛び石から保護する目的で、車両前部にメッシュのストーンガードを導入しました。現在もベントレーがマトリックスグリルを採用しているのは、この時代のレーシングカーをオマージュしているからです。

W.O.ベントレーの傑作 – 8リッター

1930年に、ベントレーは8リッターを発売しました。これは、オーナーがどんなボディを選択しても時速100マイル(約160km/h)を出すことができると宣言した、非常にパワフルなモデルでした。W.O.自身、このモデルは傑作であると考えており、他の多くの人もこれに同意していました。『タトラー』誌でこのモデルのレビューを行ったキャプテン・W・ゴードン・アストンは、「私の人生において、これほど驚異的なパフォーマンスを発揮しながら、実に滑らかで静粛性に優れたクルマを知らない」とコメント。スピードと静粛性の組み合わせは、グランドツーリングを充実させる重要な要素となっていきました。ところがこのモデルの悲劇は、発売のタイミングがウォール街で起きた株価大暴落の直後だったことです。そのため、この並外れたモデルはわずか100台しか製造されませんでした。

ダービー ベントレー

財政難に陥っていたベントレーは、1931年に当時ライバルであったロールス・ロイスに買収され、生産拠点がダービーに移されました。ダービーでは最初に3 1/2リッターが、その後に4 1/4リッターが製造されましたが、これらは後に“ダービー ベントレー”と呼ばれることになります。ダービー ベントレーに搭載された6気筒エンジンは滑らかで洗練されており、最高出力は約120 馬力を発揮。当時としては非常に印象的なパワーでした。新体制下でも品質は優れたままで、スタイリッシュで速く、洗練されたエレガントなプロポーションを持ち、なおかつ運転しやすいクルマでした。

エンビリコス ベントレー

1938年に、パリ在住の裕福なギリシャ人レーシングドライバーであるアンドレ・エンビリコスが、軽量アルミニウム合金のジュラルミンを使用した、空力に優れたなめらかなボディを備えたベントレー 4 1/2リッターの製造を依頼しました。このクルマはグランドツアラーの理想的な性質を備えており、公道を他のクルマと同様に通常走行ができる一方で、サーキットでは並外れた速度(ブルックランズで時速114マイルを達成)を実現しました。たった1台だけ製造されたクルマでしたが、その後のベントレーに多大なインスピレーションを与え、より多くのお客様にグランドツアラーのメリットをもたらしました。

R-Typeコンチネンタル

エンビリコス ベントレーの存在は、第二次世界大戦終結後にベントレーの合理的なスタイルへの進化に拍車をかけ、1952年のR-Typeコンチネンタルの輝かしいラインにつながっていきました。長くて低いしなやかなボディ、ファストバックのルーフライン、安定性を高めるためにリアウイングに設けられたフィンなどにより、4人乗車で時速100マイルの巡航を可能にするという偉業を達成しました。当時、英国には高速道路がなかったため、真のグランドツーリング体験を求めるドライバーたちは、ヨーロッパ大陸へと向かうことになりました。これが「コンチネンタル」と名付けられた由来です。『オートカー』誌は、「長距離を消し去り、乗員を出発時と変わらないフレッシュな状態に保って目的地に到着できる、現代の魔法のじゅうたん」と形容しました。これはグランドツアラーにとって究極の賛辞と言えます。パワーラインを含むR-Typeコンチネンタル独特の革新的なデザインは、現在でもベントレーのグランドツアラーに大きな影響を与え続けています。

コンチネンタルR

1991年のジュネーブ モーターショーで発表されたコンチネンタルRは、ロールス・ロイス傘下において、ロールス・ロイスとボディを共有しない初めてのベントレーでした。独自のボディと、ボンネット下に収められたベントレー製ターボエンジンを備えたこの2ドアクーペは、1990年代のグランドツアラーを再定義したモデルでした。その後、ホイールベースを短くしてパワーを増強させたコンチネンタルTは、パフォーマンスの限界をさらに押し上げる存在となりました。

コンチネンタルGT

コンチネンタルGTは、グランドツーリングとベントレー自身の双方における21世紀の再発明でした。ベントレーがフォルクスワーゲン グループに加わってから初めて設計とデザインが行われたまったく新しいクルマであり、設計、エンジニアリング、そして生産に関して大規模な投資の恩恵を受けました。なめらかで弾丸のようなスタイリング、時速200マイルに迫るパフォーマンス、圧倒的なパワーを瞬時に発生させるW12エンジン、ベントレーのあらゆるクラフツマンシップを盛り込んだ見事なインテリアを備えた新しいグランドツアラーは、まったく新しい市場を開拓し、世界的な成功を収めました。

最新のコンチネンタルGT

第3世代のコンチネンタルGTは、ベントレーのグランドツアラーのビジョンを再定義したモデルです。シャープでエレガントなフォルム、最新の6.0リッターW12エンジンと8速デュアルクラッチトランスミッションは、俊敏で爽快なドライビングを実現。革新的なテクノロジーと絶妙なクラフツマンシップが融合し、真のラグジュアリーな快適さを提供します。最初のベントレーのグランドツアラーである3リッターの登場から約1世紀後に到達した、現時点におけるグランドツーリングの完成形と言えるでしょう。ベントレーは今後も長きににわたり、爽快な長距離ドライブを可能にし続けていきます。